東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11444号 判決 1991年4月16日
第一事件原告(第二事件被告) 宮住鯉蔵
右訴訟代理人弁護士 破入信夫
第一事件被告 深田鑛太郎
第二事件原告 丸中建設株式会社
右代表者代表取締役 松末芳夫
第二事件原告 松末芳夫
右三名訴訟代理人弁護士 岡部邦之
主文
一 第一事件原告(第二事件被告)の請求を棄却する。
二 第二事件原告丸中建設株式会社と第一事件原告(第二事件被告)との間の昭和五六年三月二七日付準消費貸借契約に基づく債務が、元本につき金六二二万五〇〇〇円、遅延損害金につき内金一〇〇万円については昭和五六年四月一一日から、内金一九〇万円については昭和五六年五月一日から、内金三三二万五〇〇〇円については昭和五六年六月一日からそれぞれ支払済みまで年二九・九三パーセントの割合による金員を越えて存在しないことを確認する。
三 第二事件原告松末芳夫と第一事件原告(第二事件被告)との間において、昭和五六年三月二七日付連帯保証契約に基づく保証債務が、金八〇〇万円を越えて存在しないことを確認する。
四 第二事件原告らのその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、第一事件原告(第二事件被告)と第一事件被告との間においては、全部第一事件原告(第二事件被告)の負担とし、第一事件原告(第二事件被告)と第二事件原告らとの間においては、第一事件原告(第二事件被告)に生じた費用と第二事件原告らに生じた費用の各二分の一を第二事件原告らの負担とし、第一事件原告(第二事件被告)と第二事件原告らに生じたその余の各費用を第一事件原告(第二事件被告)の負担とする。
事実及び理由
第一請求
(第一事件関係)
一 第二事件原告松末芳夫が、昭和六二年五月一日第一事件被告に対し別紙第一物件目録記載の土地及び建物を売り渡した契約は、金二七六〇万一七四三円の限度でこれを取消す。
二 第一事件被告は、第一事件原告(第二事件被告)に対し、金二七六〇万一七四三円及び内金九八一万五〇〇〇円に対する昭和六二年五月一日から支払済みまで日歩八銭二厘の割合による金員を支払え。
(第二事件関係)
一 第一事件原告(第二事件被告)と第二事件原告丸中建設株式会社との間の昭和五六年四月三日付準消費貸借契約に基づく債務が存在しないことを確認する。
二 第一事件原告(第二事件被告)と第二事件原告松末芳夫との間の昭和五六年四月三日付連帯保証契約に基づく債務が存在しないことを確認する。
三 第一事件原告(第一事件被告)は、第二事件原告松末芳夫に対し、別紙第二物件目録記載の土地につき、水戸地方法務局下館出張所昭和五六年三月二八日受付第四五八九号の根抵当権設定登記及び同出張所同日受付第四五九〇号の所有権移転請求権仮登記の各抹消登記手続をせよ。
第二事案の概要
一 争いのない事実
(第一事件及び第二事件共通)
1 第二事件原告丸中建設株式会社(丸中建設)及び同松末芳夫(松末)と第一事件原告(第二事件被告)(原告)との間には、東京法務局所属公証人飯澤源助が昭和五六年四月三日作成した昭和五六年第六七八号債務弁済契約公正証書(本件公正証書)が存在し、同公正証書には、「丸中建設は、原告に対し、丸中建設が原告から昭和五六年一月三一日から同年三月三一日までの間に数回にわたって借り受けた合計九七一万円を元本として、弁済期日を昭和五六年四月一〇日、利息を年一割五分、遅延損害金を日歩八銭二厘と定めて債務弁済することを約した。松末は、原告に対し、丸中建設の原告に対する右債務について連帯保証した。」旨の記載がある。
2 別紙第二物件目録記載の土地(本件第二物件)は、もと松末の所有であったところ、松末は、原告に対し、昭和五六年三月二七日丸中建設の原告に対する債務を担保するため、極度額八〇〇万円の根抵当権を設定するとともに、代物弁済予約を締結し、同月二八日水戸地方法務局下館出張所同日受付第四五八九号の根抵当権設定登記及び同出張所同日受付第四五九〇号の所有権移転請求権仮登記の各登記(本件第一登記)をなした。
3 別紙第一物件目録記載の土地及び建物(本件第一物件)は、もと松末の所有であり、松末において東京法務局中野出張所昭和二七年一二月二七日受付第一六三九四号の所有権移転登記を受けていたところ、その後、訴外株式会社松末商店に対して東京法務局中野出張所昭和五二年四月一二日受付第七八九四号の所有権移転仮登記及び同出張所昭和五三年九月二〇日受付第二一四九三号の所有権移転登記の各登記がなされていた。
4 しかして、本件第一物件については、訴外株式会社松末商店の右各登記が同出張所昭和六一年一二月二四日錯誤を理由に抹消されたことにより松末においてその所有名義を回復するに至っていたところ、松末は、昭和六二年六月五日、第一事件被告(被告。なお、被告、丸中建設及び松末を総称して「被告ら」という。)に対し、同年五月一日売買を原因として所有権移転登記(本件第二登記)をなしたものである。
二 本件の中心的争点
(第一事件及び第二事件共通)
1 準消費貸借契約及び連帯保証契約の成否並びに旧債務の存否
原告は、これらの点につき、次のとおり主張している。
「(1)原告は、丸中建設に対し、①ないし③については手形割引の方法により、④については手形貸付の方法により、⑤については小切手貸付の方法により、次のとおり、金員を貸し渡した。
なお、利息は、①ないし③については日歩一五銭、④については日歩一〇銭、⑤については五万円であり、いずれも貸付日に天引した。
貸付日(昭和年月日) 金額(円) 弁済期(昭和年月日)
①五五・三・二八 九七万 五五・六・三〇
②五五・五・三〇 一三五万 五五・八・三一
③五五・六・五 一二七万 五五・九・三〇
④五五・一一・二七 五二二万五〇〇〇 五六・二・二八
⑤五六・三・二〇 一〇〇万 五六・四・一〇
(本件貸金①ないし本件貸金⑤)
(2) 原告は、昭和五六年二月二八日頃、丸中建設との間で、本件貸金④について担保手形の書替えを行うとともに、その弁済期を内金一九〇万円については昭和五六年四月三〇日、内金三三二万五〇〇〇円については昭和五六年五月三一日にそれぞれ延期した。
(3) 原告は、昭和五六年四月三日、丸中建設及び松末との間で、本件公正証書を作成したが、その際、原告は、丸中建設との間で、本件貸金①ないし⑤の合計九八一万五〇〇〇円について、準消費貸借契約を締結し、その弁済期を同月一〇日、利息を年一割五分、遅延損害金を日歩八銭二厘と約し(本件準消費貸借契約)、また、松末は、原告に対し、丸中建設の原告に対する右債務につき連帯保証する旨約した(本件連帯保証契約)。
なお、原告と丸中建設及び松末は、本件公正証書の作成を訴外宮住クニに委任したが、その委任状において、貸付日については『昭和五五年一月三一日から昭和五六年三月三一日までの間』とすべきところ、『昭和五六年一月三一日から同年三月三一日までの間』と、元本金額については『九八一万五〇〇〇円』とすべきところ、『九七一万円』とそれぞれ表記を誤ったことにより、本件公正証書においても貸付日及び元本金額が誤記された。」
これに対し、被告らは、旧債務の存在の点につき、第五回の本件口頭弁論期日において、「本件公正証書作成時である昭和五六年四月三日における丸中建設の原告に対する債務は、本件貸金④及び⑤の合計六二二万五〇〇〇円であって、本件貸金①ないし③は右当時すでに弁済ずみであった。」旨の主張をしたが、その後第一五回の本件口頭弁論期日において、右自白を一部撤回し、「本件公正証書作成時である昭和五六年四月三日における丸中建設の原告に対する債務は、本件貸金④のうち一〇〇万円及び本件貸金⑤の合計二〇〇万円のみであって、本件貸金④のうちその余の四二二万五〇〇〇円は原告が応じなかったため、貸付が実行されなかったものであり、また、本件貸金①は昭和五五年六月三〇日に全額弁済しており、本件貸金②及び③は丸中建設において原告に対する手形割引の依頼を撤回したため、貸付は実行されなかったものである。」旨の主張をし(なお、原告は、被告らの右自白の撤回は、真実に反するものであり、かつ、錯誤に基づくものでもないから、異議があると述べた。)、
本件準消費貸借契約及び本件連帯保証契約の成立の点につき、「丸中建設及び松末は、原告との間で、本件準消費貸借契約や本件連帯保証契約を締結したことはなく、したがって、丸中建設及び松末は、本件公正証書の作成を原告や訴外宮住クニに委任したこともないから、本件公正証書は無効である。」旨の主張をしている。
3 代物弁済の成否
この点につき、被告らは、「丸中建設は、昭和五六年三月末頃事実上倒産するに至ったことから、松末は、原告との間で、同年四月初め頃、丸中建設の原告に対する債務の全額の弁済に代えて、本件第二物件を譲渡する旨約し、原告に対し、登記済権利証や印鑑証明書等など、所有権移転登記に必要な書類を交付した。なお、委任状はそれ以前に預けていた。」旨の主張をしている。
これに対し、原告は、「本件第二物件については、根抵当権の設定及び代物弁済の予約をなしたにすぎないものであり、代物弁済を受けたものではない。」旨の主張をしている。
4 消滅時効の成否
この点につき、被告らは、「仮に、本件準消費貸借契約及び本件連帯保証契約の成立が認められたとしても、丸中建設は土木建設工事などの営業を目的とする株式会社であり、本件準消費貸借契約はその営業のためになされたものであって商行為に当たるから、右各契約に基づく債権は商事債権として五年間の時効により消滅する(商法五二二条)。しかして、右各契約に基づく債権の弁済期の翌日である昭和五六年四月一一日から起算して五年間が経過しており、被告らは、右時効を援用する。」旨の主張をしている。
これに対し、原告は、「原告は、松末に対し、昭和六二年五月二九日本件公正証書の謄本を送達するとともに、本件連帯保証契約に基づく保証債務の履行を催告したところ、松末は、原告に対し、同年六月二日原告の松末に対する債務の全額を承認するとともに、同月四日に右債務を支払うことを約し、それまでの間支払を猶予してくれるよう申入れをなした。したがって、松末が原告に対し消滅時効を援用することは信義則に反するものであって許されないというべきである。」旨の主張をしている。
(第一事件のみ)
5 詐害行為の成否
この点につき、原告は、「松末は、被告に対し、昭和六二年五月一日本件第一物件を売り渡し(本件売買契約)、昭和六二年六月五日本件売買契約を原因として本件第二登記をなしたものであるところ、本件準消費貸借契約の主債務者である丸中建設は、すでに昭和五六年三月三一日事実上倒産しており、その連帯保証人である松末においても、本件売買契約当時には、本件第二物件を除けば、本件第一物件以外何ら資産を有していなかったのであるから、松末が本件第一物件を処分するときは、本件第二物件の価額を超える部分については債権者を害することが明らかであった。なお、本件第二物件はほとんど無価値であり、これによって債権の一部でも回収することはおよそ困難である。」旨の主張をしている。
これに対し、被告らは、「本件第一物件は、もともと松末の所有であったが、昭和五三年九月二〇日頃松末の兄である訴外松末一正の経営する訴外株式会社松末商店に譲渡担保として差し入れていたものであるところ、昭和六一年一二月二四日に債務整理をするために取り戻し、昭和六二年四月頃にこれを第三者に売却することとし、売買契約も成立していたところ、原告から突如理由もなく本件公正証書に基づく保証債務の履行を請求されたため、緊急避難の趣旨で、被告に所有権移転登記をなしたものである。しかしながら、松末は、本件第一物件を訴外株式会社桝田工務店に売却して債務を整理し、別紙第三物件目録記載の土地及び建物(本件第三物件)を取得した。しかして、本件第三物件は、現在、時価五〇〇〇万円を越えるものであり、仮に、原告主張の債権が全額認められたとしても、その支払いを担保するに十分であり、原告の詐害行為の主張はもはや理由がなくなったというべきである。」旨の主張をしている。
第三当裁判所の判断
一 証拠によれば、次の事実を認めることができる。
1 松末は、昭和五二年当時、松栄建設株式会社の代表取締役として建設業を営んでいたところ、その頃、原告と知り合い、松栄建設の代表取締役として原告に対し手形割引を依頼するようになった。松栄建設は、一年ほどして事実上倒産したことから、松末と原告との金融取引は一時中断したが、松末は、昭和五四年頃から丸中建設の代表取締役として建設業を再開し、丸中建設の代表取締役として原告に対し手形割引を依頼するようになった。
2 松末は、原告に対し、昭和五五年三月二八日には額面九七万円、支払期日同年六月三〇日の約束手形一通(本件第一手形)の同年六月五日には額面一三五万円、支払期日同年八月三一日の約束手形(本件第二手形)と額面一二七万円、支払期日同年九月三〇日の約束手形(本件第三手形)の二通(いずれも丸中建設の下請会社である栄建設株式会社振出)の割引をそれぞれ原告に依頼するとともに、保証のために、丸中建設振出で額面同額の手形を差し入れた。
その後、同年六月一〇日になり、榮建設の代表取締役である地引栄一が松末を訪れ、同日榮建設が第一回目の不渡りを出したことを報告したことから、松末は、原告にその旨報告するとともに、本件第一手形については、丸中建設がこれを立替払すること、本件第二及び第三手形についても、丸中建設において、これを返済するので、本件第一ないし第三手形を返還してくれるよう申し入れたところ、原告は、右申入れを了解する一方、本件第一ないし第三手形については、税金対策の面から、これを取立てに回して不渡りになった旨の付箋を付けるから直ぐには返還できない旨回答した。その後、榮建設は同月二〇日第二回目の不渡りを出して取引停止処分を受け事実上倒産し、本件第一手形は同月三〇日不渡りとなったが、丸中建設が原告に立替払したことにより決済された。
3 丸中建設は、下請会社であった榮建設の倒産により約八〇〇万円の損害を被ったが、このうち、本件第一手形の立替分を含め、原告に対し保証債務の履行として三〇〇万円程度が支払われた。そのため、丸中建設は、資金繰りに窮したことから、同年六月一三日国民金融公庫から一一〇〇万円の融資を受けようやく急場をしのいだ。
4 その後、本件第二及び第三手形は、原告により右各支払期日に取立てに回されたことにより不渡りの付箋が付けられた。松末は、その後も、丸中建設の代表取締役として、原告から、手形割引や手形貸付ないし小切手貸付の方法により金員を借り受けていたところ、昭和五五年一一月二七日当時において、原告から合計五二二万五〇〇〇円を、弁済期を昭和五六年二月二七日、利息を日歩一〇銭とし、かつ、利息前払の約定により借り受けていたものであり、その支払のために、原告に対し、丸中建設振出の額面二〇〇万円の小切手一通のほか、同振出の額面八七万五〇〇〇円、一〇〇万円、一三五万円の約束手形三通を差し入れていた(こちらのうち、額面が一三五万円の約束手形一通は、本件第二手形の支払のために振り出され、それまで支払期日が延期されていたものであり、本件第三手形の分も五二二万五〇〇〇円の貸金の中に含まれていたものと考えられる)。
5 松末は、昭和五六年一月頃、株式会社東和産業に対する貸金の代物弁済として本件第二物件を取得したことから、その頃、原告に対し、これを担保に丸中建設に対する追加の融資と従前の貸金について弁済期の延期を申し入れたところ、原告は、追加融資については担保物件を調査してからこれを決めること、これまでの貸金を含めて本件第二物件について根抵当権の設定及び代物弁済予約を締結するとともに、松末において丸中建設の債務につき個人保証をし、かつ、その履行のために公正証書を作成することを条件にこれに応ずる旨回答した。そこで、松末は、その頃、原告の指図に従って、丸中建設は主債務者として、松末は連帯保証人としてそれぞれ署名押印の上、公正証書作成用の委任状を原告に差し入れたが、右委任状においては、貸借金の金額や日時、弁済期、利息、遅延損害金などの欄は全て白紙であった。
6 松末は、昭和五六年二月二七日、丸中建設の代表取締役として、原告との間で、貸金合計五二二万五〇〇〇円を二口に分け、内金一九〇万円については弁済期を同年四月三〇日、内金三三二万五〇〇〇万円については弁済期を同年五月三一日にそれぞれ延期し、その支払のために、原告に対し、既に差し入れていた丸中建設振出の額面二〇〇万円の小切手一通と額面八七万五〇〇〇円、一〇〇万円の約束手形二通の代わりに、額面一九〇万円、一九七万五〇〇〇円の約束手形二通を差し入れるとともに、既に差し入れていた額面一三五万円の約束手形については支払期日を同年五月三一日と訂正した。その上で、松末は、昭和五六年二月二七日、丸中建設の代表取締役として、原告に対し、内金一九〇万円についての昭和五六年二月二八日から同年四月三〇日までの間の前払利息として一一万七八〇〇円、内金一九七万五〇〇〇円についての昭和五六年二月二八日から同年五月三一日までの間の前払利息として一八万五六五〇円、内金一三五万円についての同期間の前払利息として一二万六九〇〇円を支払った。
7 その後、松末は、昭和五六年三月二〇日になり、丸中建設の代表取締役として、原告から一〇〇万円を弁済期を同年四月一〇日と約し、本件第二物件を担保として借り受け、その支払のために、原告に対し、額面一〇〇万円、振出日同年四月一〇日の丸中建設振出の小切手一通を差し入れるとともに、同年四月一〇日までの間の前払利息として五万円を支払った。ところが、丸中建設は、同年三月二〇日に第一回目の不渡りを出し、同月三一日に第二回目の不渡りを出して事実上倒産したことから、原告による追加融資はそれ以上実行されなかった。
8 松末は、同年三月下旬頃、原告に対し、丸中建設が二回目の不渡りを出して事実上倒産するに至ることを報告するとともに、それまでの合意に従って、同月二七日、原告との間で、貸金合計五二二万五〇〇〇円について準消費貸借契約を締結して遅延損害金を年二九・九三パーセントと約した上、本件第二物件について極度額八〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、代物弁済予約をして同日本件第二物件に本件第一登記をなすとともに、右極度額の範囲で松末が丸中建設の原告に対する債務を連帯保証した。
さらに、松末は、同年四月初め頃、原告の求めに応じて、既に差し入れていた委任状に基づいて公正証書を作成するために、丸中建設の代表取締役の印鑑証明書を原告に交付した。原告は、同年四月三日、右委任状や印鑑証明書等を使用して宮住クニを丸中建設及び松末の代理人として本件公正証書を作成した。ところが、原告は、右委任状の白地部分を補充するに際し、貸借金の元本金額につき「六二二万五〇〇〇円」と記載すべきところ、「九七一万円」と記載し(本件第一ないし第三手形の分まで加算した金額「九八一万五〇〇〇円」を記載しようとして計算違いをしたものと考えられるが、このような誤りを生じたのは丸中建設の倒産という事態に慌て債権額の確認を怠ったことによるものと考えられる。)、弁済期につき「内金一〇〇万円については昭和五六年四月一〇日、内金一九〇万円については同月三〇日、内金三三二万五〇〇〇万円については同年五月三一日」と記載すべきところ、これらを区別することなく「昭和五六年四月一〇日」とのみ記載し、連帯保証につき「保証限度額八〇〇万円」と記載すべきところ、右限度額の記載をしなかったことから、本件公正証書の内容となった。
9 その後一週間位してから、丸中建設宛に本件公正証書の謄本が送達されたことから、松末は、原告に対し、貸借金の元本金額の相違などを指摘したところ、原告は、本件公正証書は形だけのことである旨述べて取り合わなかった。その後、一〇〇万円の貸借金の支払のために差し入れられた丸中建設振出の小切手は同年四月一〇日に不渡りとなった。丸中建設は、同年六月初め頃債権者集会を開催することとし、五月初め頃には債権者一覧表等を作成し、原告を含む各債権者らに任意整理を行う旨の通知をしているが、これに対して、原告は、本件第二物件を担保に取っていたことや、松末の個人保証を得ていたこともあり、格別の対応は取らなかった。
10 本件第二物件は、昭和五六年三月当時市街化調整区域に含まれていたことから、もともと価額は低いものであったが、その後しばらくしてから、緑地保全地区の指定を受けたことから、その価額が更に下落した。原告は、本件第二物件を調査した結果、売却が困難な物件であり、その価額も低いことから、これによっては債権の回収がほとんど見込めないと考え、その後再び丸中建設及び松末に対して、債務の弁済を督促するようになったが、これに対し、松末は、資力がないなどとして容易に弁済に応じようとしなかった。原告は、丸中建設は既に倒産して何ら資産がなく、松末個人についても見るべき資産が見当たらなかったことから、松末に督促する以外に有効な手段を有しなかった。なお、本件第二物件を含む周辺土地は茨城県の県西総合公園事業実施計画の区域に指定され、茨城県による買収予定の区域に入っており、松末は、昭和五八年一月二七日開催された右事業計画についての地元説明会に出席したところ、本件第二物件を含む山林の買収予定価格は、当時において一反(一〇〇〇平方メートル)当たり約三五〇万円との説明を受けていた(したがって、本件第二物件の買収予定価格は三五〇万円×〇・六六一=二三一万三五〇〇円と見積もることができる)。
11 その後、原告は、昭和六一年五月になり、本件第一物件の名義が松末に戻っていることを知り、これに対し本件公正証書に基づいて強制執行をしようと考え、同月二九日本件公正証書の謄本を松末宛に送達した。これに対し、松末は、同年六月二日原告の事務所を訪れて原告に対し丸中建設の貸借金は六月四日に支払うのでそれまで弁済を猶予してくれるよう申し入れたことから、原告は、それまでは強制執行に着手することを差し控えることとした。ところが、松末は、原告からの強制執行を回避するために、同月五日本件第一物件の名義を松末の妻の兄であり、丸中建設の監査役にもなっている被告に移転し、その名義移転が完了するや、それまでの対応を一変して、原告に対し弁済を拒絶するに至った。原告は、同月四日になっても松末からの弁済がなかったことから、同月五日本件公正証書に基づいて本件第一物件に対し強制執行の申立てをなし、同日強制競売開始決定を受けたが、既にその名義が移転されていたことから、執行不能に終わった。
12 その後、松末は、昭和六二年八月二七日になり本件第三物件を五七〇〇万円で買い受けたが、右物件の価額は少なく見積もっても五〇〇〇万円を下回るものではなく、また、松末は、原告に対する以外は格別の債務を負担していない。
二 旧債務の存否、準消費貸借契約及び連帯保証契約の成否、根抵当権設定契約の成否並びに代物弁済の成否について
前記認定事実によれば、昭和五六年三月二七日当時、丸中建設は、原告から、元本合計六二二万五〇〇〇円を、内金一〇〇万円については弁済期を昭和五六年四月一〇日、利息を日歩一〇銭として小切手貸付の方法により、内金一九〇万円については弁済期を同月三〇日、利息を日歩一〇銭、内金三三二万五〇〇〇円については弁済期を同年五月三一日、利息を五万円として、いずれも手形貸付の方法により、借り受けるとともに、弁済期までの利息はすべて前払いをしていたこと、松末は、昭和五六年三月二七日、原告との間で、丸中建設の代表取締役として、右貸金を目的として準消費貸借契約を締結して遅延損害金を年二九・九三パーセントと約した上、右貸金を担保するため、松末個人が所有する本件第二物件につき、極度額八〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、これを目的として代物弁済予約をするとともに、右極度額の限度で松末個人が右貸金債務について連帯保証をする旨約したことが認められる。
なお、原告は、昭和五六年四月三日、丸中建設及び松末との間で、本件公正証書を作成した際、原告は、丸中建設との間で、丸中建設に対するそれまでの貸金合計九八一万五〇〇〇円を目的として準消費貸借契約を締結して弁済期を同月一〇日、利息を年一割五分、遅延損害金を日歩八銭二厘と約し、その際、松末は、原告に対し、丸中建設の原告に対する右債務につき連帯保証した旨の主張をしているところ、原告主張の準消費貸借契約及び連帯保証契約と右認定の準消費貸借契約及び連帯保証契約との間には、請求原因事実としての同一性を認めることができるというべきである。また、丸中建設は、原告に対し、旧債務について、利息制限法による制限利率を超過した利息を前払いしていたものであり、超過利息の元本充当の問題があるが、この点については、被告らの主張がないので斟酌しない。
三 消滅時効の成否について
前記認定事実によれば、丸中建設は、その営業のために、原告との間で前記準消費貸借契約を締結したものであるところ、その弁済期は、元本合計六二二万五〇〇〇円の内金一〇〇万円については昭和五六年四月一〇日、内金一九〇〇万円については同月三〇日、内金三三二万五〇〇〇円については同年五月三一日であったこと、最終弁済期である昭和五六年五月三一日から起算して既に五年間を経過していることが認められ、被告らは、本訴において消滅時効を援用している。しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、松末に対し、昭和五六年五月三一日から起算して五年間を経過した後である昭和六二年五月二九日本件公正証書の謄本を送達するとともに、連帯保証契約に基づく保証債務の履行を催告したところ、松末は、原告に対し、同年六月二日右債務を同月四日に支払うのでそれまで弁済を猶予してくれるよう申し入れ、原告はこれを承諾したことを認めることができる。
しかして、松末が原告に対して昭和六二年六月二日なした弁済意思の表明と弁済猶予の申入れは、実質的に見て、時効完成後の債務承認に該当するから、松末は、原告に対し、本訴において信義則上時効の援用をなしえないものというべきである。
なお、松末の右連帯保証債務の主債務者は、丸中建設であるが、丸中建設は昭和五六年三月末に事実上倒産し、その後は事実上解散の状態にあり、また、松末は、昭和五六年当時から現在まで一貫して丸中建設の代表取締役であったことに照らせば、松末が原告に対して昭和六二年六月二日なした弁済意思の表明と弁済猶予の申入れは、実質的に見て、丸中建設及び松末が共同でなしたものと認めるのが相当である。
四 詐害行為の成否について
前記認定事実によれば、松末は、原告からの強制執行を回避するために、昭和六二年六月五日本件第一物件の名義を松末の妻の兄であり、丸中建設の監査役にもなっている被告に移転したが、当時、主債務者である丸中建設は既に事実上倒産し資力がなく、連帯保証人である松末においても、本件第二物件を除けば、本件第一物件以外何ら資産を有していなかったこと、本件第二物件は、右当時、市街化調整区域内にあり、事実上処分が困難で価額も低く、松末の原告に対する債務を担保するに十分なだけの価値を有していなかったことが認められる。
しかしながら、前記認定事実によれば、松末は、昭和六二年八月二七日、本件第一物件の売却代金の残金を使って本件第三物件を代金五七〇〇万円で買い受けたものであるところ、右物件の価額は少なく見積もっても五〇〇〇万円を下回るものではなく、また、松末は、原告に対する以外は格別の債務を負担していないこと、本件第二物件は、その後、緑地保全地区の指定を受け、かつ、茨城県の県西総合公園事業計画において同県の買収予定区域に入っているところ、買収予定価額は、昭和五八年一月当時、二三一万三五〇〇円であったことが認められる。
したがって、現在、松末は、原告の本訴請求債権を弁済するに十分な資力を有しており、本件第一物件に対し本件第二登記をしたことについて、詐害行為による取消権の行使を認める必要がなくなったものというべきである。
(裁判官 田近年則)
<以下省略>